【団体名称】チャイルド・ファンド・ジャパン
【回答教会】玉島教会
【教会内/外】外
【設立年月日】1975年4月1日
【代表者名】
【事務所・連絡先】〒167-0041東京都杉並区善福寺2-17-5
【窓口担当者】
【URL】
【団体の概要】
アジアの貧困の子供とその家族、地区の自立を支援
【活動内容】
二人の里子支援
【団体名称】チャイルド・ファンド・ジャパン
【回答教会】玉島教会
【教会内/外】外
【設立年月日】1975年4月1日
【代表者名】
【事務所・連絡先】〒167-0041東京都杉並区善福寺2-17-5
【窓口担当者】
【URL】
【団体の概要】
アジアの貧困の子供とその家族、地区の自立を支援
【活動内容】
二人の里子支援
【団体名称】釜ヶ崎ふるさとの家 (福祉法人聖フランシスコ会ふるさとの家)
【回答教会】玉島教会
【教会内/外】 外
【設立年月日】 1977年
【代表者名】
【事務所・連絡先】〒557-0004大阪府大阪市西成区萩之茶屋3丁目1-10
【窓口担当者】 ℡06-6641-8273
【URL】
【団体の概要】 生活困窮者の支援
【活動内容】
夏・冬支援品送付
【団体名称】NPO岡山きずな
【回答教会】 玉島教会
【教会内/外】 外
【設立年月日】 2011年12月27日 (1977年 NPO以前)
【代表者名】 岩田弘明
【事務所・連絡先】〒700-0821岡山県岡山市北区中山下1-5-25
【窓口担当者】 川元 みゆき YMCAせとうち内
【URL】
【団体の概要】
生活困難者の命・心・未来をつなぐ
【活動内容】
炊出し
①廣島陸軍偕行社付属済美学校
YMCA保育園 中区八丁堀7-11
1872年創設の開成舎を前身とする陸軍偕行社の経営するこの学校(小学校・幼稚園)の歴史は、原爆投下によって幕を閉じる。ここに通っていたのは高級軍人や官僚の子女。当日は給食のため登校していた児童、職員、駐屯兵あわせて160名以上骨も残さず全滅した。「墓標-峠三吉」碑版。

【参考文献】
「被爆50周年未来への記録 ヒロシマの被爆建造物は語る」
広島平和資料館 1996
「ヒロシマ散歩原爆遺跡・戦跡をたずねて」植野浩
汐文社1997
広島市ホームページ
②アメリカ人捕虜のプレート
中区基町12-8
1945年7月29日にアメリカ軍の飛行機が墜落、9人の乗組員のうち1人はその場で死亡。8人が捕虜となる。うち2人は東京へ、6人は広島の憲兵隊へ。6人が原爆で死亡。
うち2人はユーカリの木 相生橋西詰めで鎖につけられたまま放置させられた。

【参考文献】
「被爆50周年未来への記録 ヒロシマの被爆建造物は語る」
広島平和資料館 1996
「ヒロシマ散歩原爆遺跡・戦跡をたずねて」植野浩
汐文社1997
広島市ホームページ
④旧護国神社被爆鳥居台座(青少年センター)
広島市中区基町14青少年センター
この鳥居台座は、青少年センターの北隣、爆心地から来た方向に約370mに位置していた旧廣島護国神社のものです。神社には、3つの鳥居がありました。原爆によって北側の鳥居は北方向に、東側の鳥居は西方向に倒れました。この台座、北側の鳥居の支柱2本のうち、西側のものとされています
そばに、同じ被爆地 長崎から贈られた長崎市花 紫陽花が咲いています。


【参考文献】
「被爆50周年未来への記録 ヒロシマの被爆建造物は語る」
広島平和資料館 1996
「ヒロシマ散歩原爆遺跡・戦跡をたずねて」植野浩
汐文社1997
広島市ホームページ
⑤被爆樹木 シダレヤナギ 爆心地から370m
現存する被爆樹木の中では、最も爆心地に近い場所で被爆しました。被爆によって幹が折れましたが、その後根元から生えた新芽が成長したものです。
ここから見えるT字型の相生橋は、原爆投下の目標にされました。
広島市中区基町14 青少年センター西側 本川左岸土手

【参考文献】
「被爆50周年未来への記録 ヒロシマの被爆建造物は語る」
広島平和資料館 1996
「ヒロシマ散歩原爆遺跡・戦跡をたずねて」植野浩
汐文社1997
広島市ホームページ
⑥平和公園 原爆ドーム 1996年(平成8年)世界遺産登録
1915年(大正4年)広島県物産陳列館として竣工。チェコのヤン・レツルが設計。被爆当時の名称は、広島県産業奨励館。
「あのいたいたしい産業奨励館(原爆ドーム)だけがいつまでも恐るべき原爆を世にうったえてくれるだろうか」これは、被爆後1960年に骨髄性白血病で無くなられた高校生 楮山(かじやま)ヒロ子さんの記された言葉です。
当時、原爆ドームの保存に関しては、被爆者の中でも賛否の意見が出ていたが、彼女の日記を契機に一気に保存に世論は動き、「原爆ドーム保存募金活動と署名活動」が始められ、この活動が広島市議会、広島市長を動かすこととなった。その後、1966年広島市議会にて原爆ドームの保存が決議された。

【参考文献】
「被爆50周年未来への記録 ヒロシマの被爆建造物は語る」
広島平和資料館 1996
「ヒロシマ散歩原爆遺跡・戦跡をたずねて」植野浩
汐文社1997
広島市ホームページ